物心ついた頃から、私にとって母は自慢のお母さんでした。父の仕事を手伝いながら誰にも助けを借りずに私を何不自由なく育ててくれました。父も激務で子育ては母ひとりで担っていたので、仕事と私の世話の両立は大変だったと思います。快活で仕事もバリバリこなしスポーツが得意、そして面倒見も良くて人の悩み相談も受けるような母でしたので、同級生からは素敵なママだねと褒められたこともあります。
母が長年の無理が積み重なって身体を壊した時、私は20歳でした。胃にもがんが見つかり、私と父は改めて頑張り屋すぎる母にいかに頼り切っていたのかを思い知らされました。何でもできる母に日々の仕事のほとんど全てが集中していたのです。私も父も母に負担をかけないように気をつけるようになりました。運よくがんの発見がそこまで遅くなかったので胃の一部切除で済み、予後も良好で20年経った今も再発していません。
今は私も結婚して子供を持ち子育てと仕事の両立に苦労することも多いです。母に助けを借りればいいのかもしれませんが、また孫の面倒などで苦労をかけてしまったら病気になるかもしれないと思うとお願いすることができませんでした。それに、優しくてキビキビしていた母が、私の結婚前後からなんだか変わってきたように感じていたのです。昔から働き者で良く気の付く人だったのに、今はなんだか何事も投げやりで不満が多くヒステリックで以前とは人が変わったようなのです。
主人に相談しても、年を取ればみんなそんなものだよと言うだけです。気になりだすと私も母の車の運転や料理も雑で荒っぽくなったようにも感じてしまい、段々と母とは距離を置くようになりました。それでも昔から大好きで私にとっては世界一の母とまでに慕っていたので、たまに子供を連れて会いに行ったりもしたのですが、孫への接し方も楽しそうではなく、娘の私や主人へも文句ばかりなので、次第に足が遠のきました。2人目の子供の妊娠中には、私も神経が過敏になっていたこともあり、母とこれまでにない大喧嘩をしてそれから1年間絶縁してしまいました。電話がかかってきても取る気になれませんでした。子供の頃は母の声を聞いているだけでも幸せな気持ちになれたのに。
次女が産まれてしばらくして私も精神的にも肉体的にも余裕ができた頃、母から電話があり久々に話すことになりました。母は体重が半年で10キロも減り、体調も良くないから検査入院するとのことでした。胃がんの再発が頭によぎりました。しかし結局のところ胃も良性のポリープがあるのみで、大腸がんの疑いもあったのですが、それも痔であることが判明してホッと胸を撫でおろしました。そして私と母を遠ざけることとなった母の精神的な変化の原因が判明したのです。
それは主治医が母の手の震えを見て気づいてくれたのです。甲状腺の病気であるメニエール病でした。食欲の異常な亢進、体重が激減、動悸がしてイライラする、手の震えは典型的な症状なのだそうです。身体的な病気が精神に異常を生じさせることもあるのですね。母の怒りっぽい態度や投げやりな感じはメニエール病によるイラつき、極度の疲労が原因だったのです。今は早くに母の異変に気付いて対処してあげれなかった後悔でいっぱいです。幸いにも服薬で母の症状は治まり、以前の朗らかな性格に戻ってきたように思います。これからは母を大切にしてずっと仲良くしていきたいと心から思います。
